1番傷ついた言葉の意味
- mayu mayu
- 1月2日
- 読了時間: 3分
更新日:1月2日
ちょっと驚いたことがあって
実家で年を越すのは12年ぶり
私は20年前にパニック障害になって
その時1番人に言われて
傷付いた言葉がある。
それは
「"別に普通でいいねん、
社会人として普通になってほしい"」
この言葉でした
それを私に悪気なく必死に伝えてきたのは
父親でした
普通って何?普通ってなんだろう
私は社会人失格で、普通ではなくて
パニック障害はなってはいけないもので
欠陥のある人間なんだと認識したのを
思い出します
なんとなくダメ人間の
烙印を押されたかのような気持ち
なりたくてなったわけでなくて
治したくても治し方もわからない
生きることがこんなにもしんどいとは
知らなかった
当たり前のことが当たり前にできない
そんな自分が恥ずかしい存在だと感じていました
このお正月
少し痩せた父親の背中をマッサージしながら
話していたら

父親が急に
真由がまゆらしく居られなくなる様なことが
もしこの先訪れたら
いつでも帰ってきたらええ
帰る場所、安心できる場所は
ここに置いておくから
孫達のことも大丈夫や
安心して、どの土地でも
真由らしく暮らしたらいい
って前を向いたままポツリポツリと。
何事かと思った
私は私のままで良いって許可が降りたら
こんな言葉が届くんだ
私らしく私のままでいい。いいに決まってる
これまでの親子関係のすべてのことを笑って話せるほど私の心は広くはないし
今でもたまに耳を疑うような言葉を言うけれど、
幼き頃から私の欲しかった言葉をようやく聴けた気がします
幼き頃傷ついていた私のことも
20歳の頃傷ついていた私のことも
今の私のことも抱きしめてもらえた
そんな気持ちになりました
ありがとうお父さん
私は生まれて来れて良かったんだ
こんな心の雪解けをはじめて感じます
不器用ながらに愛されてきた
そして私も両親を愛してきた
不自由なく育ててもらえた事に感謝して
今の家庭の幸せを大切に守っていきたい。
支え合えるパートナーや子供達と
良いチームを作っていこうと改めて思います
だって万が一があっても
私の帰る場所はここにあるんやって
安心をプレゼントしてもらえた。
なんて喜ばしい事だろう
パニック障害はきっと自分の内側と
向き合うために起きたキッカケのひとつ。
とても苦しかったけど、もう勘弁して欲しかったけど、私の道には必要だったのかもしれない
だからこそ私は本来の自分に帰ってこれた
私を大切にするためになったもの
そう今は思えます
あと何度一緒にお正月を過ごせるだろう
あと何度一緒に食事をとれるだろう
出来れば笑って過ごしてくれてたらいいな
私の心の平和は、家庭の平和に繋がり
家庭の平和は親子の平和にもつながる
自分の内側を大切にすることはこんなにも
幸せを繋げていける
そんな気持ちをありがとう
自分を大切にできるお手伝いを
2026年MAHALOからお届けしたいと思います
た